公的サービスの利用率向上と国のナッジ戦略

行動特性を利用したナッジと呼ばれる手法が広がっています。ナッジとは「肘でかるくつつく」という意味で、人々が適切な選択できるように支援する手法を指します。そして、文書の文面やレイアウトの変更など低コストでできることが特徴です。

ナッジを活用し効果のあった事例

平成28年度に東京都八王子市では、大腸がん検診を受けていない人への案内文に工夫を施しました。

パターンAでは「今年度受診された方に来年度も検査キットを送ります。」と利益をアピールし、パターンBでは「今年度受診しないと来年度は検査キットをお送りできません。」と損失をアピールしています。

大腸がん検診を受けていない人への案内文

国民年金への加入を促すナッジ

経済産業省ではナッジを活用した社会保障改革の具体的提案がされています。その一つ目に、国民年金への加入を促す工夫があります。国民年金納付率は徐々に上がってきてはいるものの、平成30年度国民年金納付率は68.1%であり改善の余地がある状況です。

保険料納付率

徐々に増加しているものの改善の余地あり

現在の催告状では「お客様の国民年金保険料には、納付状況の通り未納があります」といった画一的な文面となっています。催告状改善例では、「△△様には未納期間が○年分あります。これまでの未納により、将来の年金額は□□円分減少します」といった、具体的な年数・金額が明記され、納付しないことによるデメリットが強調されており、ここでも損失回避傾向に訴求する文言となっています。
未納分を納付した場合、個人としては将来給付される年金額を満額に近づけることができます。国としては結果として、年金納付率が上昇するため財源の確保に繋がります。つまり個人と国の双方にメリットがあります。

繰り下げ受給の意欲を高め選択しやすくなるナッジ

二つ目には、国民年金の繰り下げ受給を選択しやすくなる着想があります。従来のねんきん定期便では65歳の受給開始を前提とした記載となっています。さらに、繰り下げ受給できることやそのメリットが明記されていません。加えて、65歳の前に年金請求書が送られてくるため、多くの方はその時点で年金を請求します。そのため、繰り下げ受給率は1.3%と非常に低い状況です。
そして、実際に平成31年度のねんきん定期便より「70歳まで繰り下げた場合42%増加すること」が図表と共に明示されるようになりました。さらに、現状維持バイアス(変化を恐れ現状を維持したくなる性質)を利用して、初期設定で個人の請求がない限り、受給開始は自動延長とする案も構想されています。

ねんきん定期便

繰り下げ受給に関しては、デメリットとして加給年金が支給されないことや、給付額が増加することによる税金・社会保険料負担の増加等があげられます。世帯全体としての給付額を勘案する必要があり、単純に繰り下げを選択すると得だとは言い切れない一面もあります。しかしながら、繰り下げ受給を明示することは選択肢を増やすこととなり、私たちに考える機会を与えてくれます。その点においてはメリットと言えるでしょう。

このように国は、国民の生活や金融行動の選択に対し、ナッジを利用した戦略を取り入れるようになりました。民間企業の広告戦略と似ているかもしれませんが、企業の広告が自社の収益拡大を目的としているのに対し、国がナッジを活用する理由は、消費者の心理を考慮した公的サービスの拡充にあります。これらの事例が増えてくることによって、社会全体での効率性の向上につながることでしょう。

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